取扱ブランド

1918 桑原仙太郎(現社長の父)により自転車部品の卸問屋として"桑原商会"が設立される。
1925 ロシア、中国、東南アジア向けに自転車及び自転車パーツの輸出を始める。
1940〜1945 第二次世界大戦により休業。
1947 大阪にて業務を再開。桑原仙太郎が初代自転車卸売組合の理事長に就任。
1960 桑原仙太郎他界。桑原正雄(現社長の長兄)が社長に就任。
1962 カナダにApolloブランドスポーツ車を輸出開始。
1968 アメリカ向けSchwinn,Takara,PuchなどのOEMブランドの生産を開始する。
1972 BMXを開発。KUWAHARA® ブランドBMXをアメリカ、カナダ、オーストラリア、ヨーロッパ各国へ輸出を開始する。
1979 桑原拓男(現社長)が社長就任。この頃よりKUWAHARA BMXチームが各国で編成される。
1980 MTBを開発。カナダ、オーストラリアへの輸出を始める。
1982 スティーブン・スピルバーグ氏によりハリウッド映画"E.T."にBMXが採用され、映画のヒットと共に"E.T."BMXが世界中に輸出される。
この頃からKUWAHARA BMXチームは優秀なライダーを多数輩出。USAチームのクリント・ミラーをはじめ、後年MTB DH世界チャンピオンとなるデイブ・カリナンも1991年までチームのエースとして在籍。
1988 桑原拓男が(株)桑原インターナショナルを設立。
カナダナショナルロードチームにKUWAHARA® が正式採用され、ソウル五輪に出場。ドイツ、スイス、フィンランドではKUWAHARA MTBのXCチームが編成され、ワールドカップへの参戦を始める。
1991 KUWAHARA/SWISS MONDIAのトーマス・フリシュクネヒトがUCI MTB世界選手権XCで2位を獲得。その後、優勝者のドーピングが発覚したことによりチャンピオンとなる。
1992 円高の進行により日本の輸出工場である桑原輪業を閉鎖。輸出モデルの生産拠点を海外にシフトする。(株)桑原インターナショナルが桑原商会より海外業務を引き継ぐ。
1997 新構想の小径車"GOBLIN"がEUROPIAN BICYCLE DESIGN CONTESTで日本車初の4位入賞。小径車ブームの先鞭となる。財団法人大阪デザインセンター選定商品となり、中小企業部門優秀賞を受賞。
1998 (株)桑原インターナショナルの国内販売部門の"クワハラバイクワークス"を設立。国内での生産・販売を開始する。KUWAHARA DH-Stream V4.0によりDH界に参入 低価格な本格DHバイクの先駆けとなる。
2001 ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)が大阪にて開業。映画"E.T."で使用されたBMXを忠実に再現したレプリカをUSJに納品。アトラクション内に展示される。
2003 Gaap Wind が“good design selection”を受賞。
2009 ヤッターマン≪おしおき自転車≫の製作に協力。


メインメニュー